大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和32年(う)236号 判決

所論は被告人において(イ)札幌刑務所岩見沢拘置支所事務室内の待機室前床板上で、原判示の如く暴れている刑事被告人岩井久の頭部を靴でけり、看守大黒吉雄、広長三芳等に戒具の使用を命じ、岩井の後手及び両足に夫々金属手錠を施し、顔面に防声具を装着させたが、これは私憤から出た報復的意図の下にしたものではない。(ロ)なお暴れている岩井久を原判示の如く緊縛したけれども、この点につき右拘置支所長菊地金助は何等反対の意思を表示しないで黙認したものである。(ハ)又被告人は原判示の如く右岩井久が緊縛のため抵抗力を失つたことを知つて、同人を一舎五房に運び入れたけれども、同人が失神状態におちいつたことは知らなかつたものである。従つてこれ等の処置は、いずれも暴れている右岩井久を制止鎮圧するために必要な職務執行のためになされたものであつて、被告人には暴行傷害の故意がないから、もし右必要の限度を超えたとしても、業務上過失致死罪に問擬されるのは格別として、原判示の如く暴行陵虐致死罪に問われるべきものでないと主張し、暴行傷害の故意を認めた原判決の事実の誤認を主張する。

しかし、原判決挙示の証拠を綜合すると、被告人は右岩井久から原判示の如き暴行をうけたため興奮し、私憤のあまり、岩井久の頭部を靴で数回けりつけ、既に手錠、足錠、防声具等を施されて抵抗力の著しく弱まつた岩井に対し、拘置支所長菊地金助が反対の意思を表明していたにもかかわらず捕繩による緊縛を決意し、大黒、広長両看守等に手伝わせて、岩井の両肩から両脇に廻して胸部で捕繩が十文字になるようにたすきがけにし背部で結んで緊縛し、更に他の捕繩を岩井の両足首に巻きつけ、その両足首を背部に折り曲げて岩井の後手錠に近づけ、その繩尻を被告人が縛つた背部の捕繩に巻きつけて、岩井の身体が背後に弓なりになる通称「逆えび」と称する緊縛方法をもつて緊縛し、既に失神に近い状態にあることを知りつつ、岩井を防声具を装着したまま一舎五房に運び入れ、うつ伏せにして畳の上に放置し窒息のため岩井を死亡させた事実を認めることができるのであつて、右の行為が正当な職務執行の限度を越えていることは一見明瞭であるから、原判決には何等所論のような事実の誤認がない。過失致死罪に問擬せらるべきである旨の主張は弁護人独自の主張であつて到底採用することができない。論旨は理由がない。

(裁判長裁判官 豊川博雅 裁判官 羽生田利朝 裁判官 中村義正)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!